治療の対象は、お子さまからご高齢の方まで
親子三世代さまざまな症状を緩和・解消し、“生活の質”を向上させます。

院長 戸堂 慎一
経歴
昭和40年 高石に生まれる 平成4年 信州大学医学部卒業 平成5年 大阪市立大学医学部附属病院勤務 平成11年 大阪市立大学医学部大学院卒業
以後、英国留学、弥栄町国保病院、清恵会病院、吹田市民病院、大阪市立十三市民病院の勤務を経て 平成19年7月 とどう整形外科クリニックを開設
資格
医学博士
日本整形外科学会認定整形外科専門医
趣味

小さな切り傷やお子さまの
成長痛なども気軽に来院いただける地域密着型クリニック

小さな切り傷やお子さまの成長痛なども気軽に来院いただける地域密着型クリニック

小学校5年生の時に整形外科医を志し、これまでさまざまな疾患の治療に携わってまいりました。2007年に高石市でクリニックを開業して以来、地域の皆さまのかかりつけの医師として、お一人おひとりのニーズに適した提案をし、皆さまのクオリティ・オブ・ライフを向上する医療を提供し続けています。

「動かなかった指が動くようになった!」
医師を目指したきっかけは少年時代のケガ

「動かなかった指が動くようになった!」医師を目指したきっかけは少年時代のケガ

高石市で生まれ育った私は、どこにでもいるスポーツや工作などが好きな少年でした。父、祖父は歯科の開業医でしたが、私自身が医師を目指したのは、小学校5年生の時にガラスで手の指を切るケガをしたことがきっかけです。初めに運びこまれた救急病院では、皮膚の縫合だけを受けて、その後、指が動かないということで整形外科を受診し、初めて整形外科という存在を知りました。
病院で手術を受け、その後リハビリを開始し、動かなかった指が動くように!あの時の感動は今でも忘れられません。将来は整形外科医になろうと決めたのもその時でした。小学校の卒業文集にも、「将来の夢」として整形外科医と迷うことなく書いたことを記憶しています。

整形外科医として、治療や手術の経験を積んだ勤務医時代
患者さまの言葉で整形外科の意義を痛感

初志貫徹で医師になってからは、研究に興味もあり、大学院を卒業後、英国に留学。帰国後は、さまざまな病院で臨床の経験を積みました。外傷や慢性疾患、一日に5~6件の手術を行うこともあり、なかなか家に帰れず、休みをとれない日々でした。
そんななかで出会ったのが「痛みで歩くのが苦痛」というような慢性的な症状を抱えて生活している患者さまでした。膝や股関節の人工関節置換手術を行ったあと「先生、前より痛みがなくなったわ」、「おかげで歩くのが楽になりました」という言葉をかけていただき、その度に、患者さまの生活の質を向上させる整形外科の意義を強く感じました。その思いはいつしか、自分が生まれ育った高石市で医療を追求し、地域に恩返しをしたいという思いに変わっていきました。そこで2007年にとどう整形外科クリニックを開業。その隣に父と弟夫婦が営む歯科クリニックがあり、親、兄弟ともに地域のかかりつけ医になる道に進みました。

患者さまのご希望、ご要望を考慮
親子三世代にわたるさまざまな疾患を治療

患者さまのご希望、ご要望を考慮親子三世代にわたるさまざまな疾患を治療

患者さまには、それぞれ事情があります。例えばお子さまなら「来週はサッカーの大事な試合があり、出たい」とか、会社員の方なら「年度初めは仕事を休みにくい」など。そんなご事情、ご希望を遠慮せずにお話しください。生活のスタイルや年齢によって、同じ疾患でも治療方針を変えることもできます。
また、「ちょっとした切り傷でも診てもらえますか?」「子どもの成長痛を相談できるところがなくて…」とお電話くださる方もおられます。そのたびに、眼科や皮膚科とちがって、整形外科の治療範囲や対象が一般の方にはわかりにくいということを感じます。整形外科の専門は運動器の病気やケガの治療、つまり頭と内臓を除いたほとんどの部分が治療対象です。また、治療するのは、ご高齢の方だけではありません。働き盛りの方やお子さまなど、親子三代にわたり、さまざまな症状の緩和、解消を行います。

患者さまの健康寿命を延ばしたい
在宅医療のご相談もお気軽に

当院が目指すのは、高石市とその近隣にお住まいの方の健康寿命を延ばすこと。そのためにも、整形外科クリニックとして地域に貢献できることをさらに発信し、啓蒙に励んでいきます。ご高齢の患者さまのなかには通院が難しい方もおられます。在宅療養支援診療所の認定を受けている当院では、今後、在宅医療にも注力してまいります。ご希望、ご要望をお気軽にご相談ください。